ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、発売中。

『PSYCHO-PASS サイコパス』では2021年に新自由主義が終わっていたけど、それってどういうことだったんだっけ

1.

 テレビアニメPSYCHO-PASS サイコパス(第1期、2012-2013年)は、西暦2112年開始設定のSFものですが、このセカイでは2020年の世界恐慌をきっかけにして、2021年に新自由主義経済が崩壊しています。(以下、基本的には、公式サイトhttps://psycho-pass.com/archive/story/の情報を参照しつつ話を進めます。それから、このアーカイブも素晴らしいです。https://ppworldarchive.wiki.fc2.com/wiki/%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

ただし、実はまだきちんとは見れておりません。以下の記事は、こちらのアーカイブからの引用ではなく、公式サイトからのものとなります)

 

 『PSYCHO-PASS サイコパス』世界観設定上では、どうやって新自由主義が終わるのかというと、

・格差の拡大によるモラルハザード、暴動や先進国内での内紛の発生、発展途上国の大規模難民の発生、

中国経済バブルの崩壊にともなうアジアでの激しい紛争、

 ・「人口の爆発的増加による水不足・食料不足による「人間の本能の変化」」によって、暴動が治まらなくなり、政府が崩壊する、となっています。

「人間の本能の変化」というのは、上記公式サイトによると、「数が増えすぎると、体が大きな「孤独相」から、集団移動に適した「群生相」に変化する生物がある。
人間にもそれが起き、その結果が暴力的なモラルハザードにつながったという説も浮上」とあり、ここはSF設定ですかね(少なくとも現在の社会心理学においてはそんな定説はない)。

 

 さて、日本はこの事態をどう乗り切ったという設定になっているかと言うと、鎖国(うん、日本という文化の経路依存としてありえそうで笑える)。メタンハイドレート開発によるエネルギー自給と、遺伝子強化された小麦・「ハイパーオーツ」の普及による食糧の自給の達成による徹底した鎖国政策で、世界一の平和な国家になります。

 それから世界がカオスななか、日本だけは安定的経済成長を保ちます。新自由主義的政府を排し、シビュラシステムによる行政の取り仕切りへと切り替えたことが、その成功要因でした。

 このシビュラシステムというのが『サイコパス』の要となるいちばん面白いところだと私が思っているところです。したがって、以下シビュラシステムについて考えます。

 *シビュラ(Sibylの語の元の意味は、アポロンの神託を受ける巫女のことなのですが、私はずっと、civil systemをカタカナ読みしたものだと思いこんでいたのですよ。第一期は、シビュラシステムの正体が最後までわからない。だから、私は第一期のあいだずっと「うわー、社会契約論的社会秩序(civil system)の成れの果てはハイテク技術を通した管理社会だ」って話なのか、すげーなこのアニメって思ってました。現代社会に対する究極の懐疑をしているよ、根本的な社会秩序問題の提起だよ、と興奮していましたが、生産的誤読?(本当にそうだったら、社会秩序問題の話としてサイコパスを分析した論文を書いてどこかの社会学系の学会誌に投稿しようとまで思っていました…w)ま、それはいいとして。

 

2.

 シビュラシステムは、当初、最適な人材を最適な場所に、最適人数、配置する就業斡旋システムとして始まりました。世界大恐慌期に日本政府はすべての企業を国有化していたのですが、そこの就業管理・経済生産力管理を、精密に個人を測定できるハイテクを用いて行うというものです。これは経済の安定的成長に役立つ。また個人にとっても「自由選択」という名のもとでの「不条理」や「失敗」がないという意味で「良い」世界の実現を意味する。テクノロジーを介した精密な個人の測定と管理による計画経済の勝利。社会主義の亡霊が130年ぶりに戻ってきた。

 2061年からシビュラシステムは「包括的生涯福祉支援システム」となり、就業斡旋だけでなく、犯罪者を未然に見分け犯罪を防止したりもできるようになります。多くの行政をシビュラシステムがこなせるようになり、省庁の大編成がなされます。13省庁6公司へ。

 ところで、どうやってまだ犯罪を犯していない人を「犯罪者」と見ぬき、事前に取り押さえるという暴力的介入が正当化されているのかというと、「サイマティックスキャン」(人間の心理状態を測定できるもので、具体的には目の動きとか、体温、発汗、脈拍などから測定するらしい)の「色相」チェックによって。

 「色相」とは、心理状態やストレス、悲観などを色で表したもので、だれでも一目でチェックできる。自己メンタルケアの指標とされており、街頭でも簡易スキャンが常時なされている。「色相」が悪化している人は「潜在犯」なので、法的な執行の対象になります。すごいこわい。生まれつき「色相」が悪く、一生改善しない人もおり、かなりの生活の制約を受けます。この制度の闇です。

 

 このシステムが完成することで、(2071年頃に完成)、警察制度が廃止され、以後「犯罪係数」の高い者の扱いは「厚生省公安課」の管轄となる。巡回ロボット、ゆるキャラな警備ドローンは存在していて、そのゆるキャラっぷりがすごくこわい。

 歴史教育を廃止してシビュラシステムに対する懐疑の芽は摘んでおくほか、大学制度も2080年頃に廃止されている。基本、芸術・文化活動禁止だが、ライセンス取得によってできる場合もある。だいたいアンダーグラウンドでやっていて、反政府組織とかと結びついている。 以上が概要。

 

3.論点

 なんといっても職業選択の自由をどう考えるかというのが、重要論点よねぇ。就活で落とされまくって病んだことのある人や、この職業自分に向いていない気がするという違和感に悩んだことのある人にとっては、自分という人材の性質(個性)を「科学的に」測定した上で、自分に向いた職業・職場を斡旋してくれるというシステムは理にかなったもののようにも見えるはずだ。現状のシステムにおいては、職業マッチングシステムの不備としか言いようのないような不条理さに、むき出しの個人がさらされ、個人が不当に個人が苦しんでいるという側面があるのも事実なので。

 ということで、無難な結論で申し訳ないが、現状と『サイコパス』の中間くらいの、テクノロジーを使ったより効率の良い職業マッチングシステムの確立みたいなのはあってよいと思う。シビュラの職業斡旋システムを、「職業選択の自由の侵害」だと一蹴することは、なかなかできない。ここがこのアニメの面白さを作り出している要素の一つだと思います。

 

 

まとめ。

 『サイコパス』という思考実験に基づけば、新自由主義が終わると、テクノロジーによる個人の精密な測定と、人の心の見える化を通した究極の管理・監視社会+精密な計画経済が起こり、それは少数の人の犠牲を伴ったマジョリティーの豊かで平穏な日常生活を可能にするが、職業の自由や文化・芸術の自由や、学問の自由はかなり制限される。

 新自由主義的統治の「嫌な感じ」(←現実の制度分析に基づいた問題点の指摘はたくさんなされておりますが、ここは比較対象を踏まえてあえて「嫌な感じ」と言語化しようじゃないですか!)と、心理の見える化を通した管理・監視権力の「嫌な感じ」とでは、「嫌な感じ」の質が違うというところが、個人的に最も面白いと思っているところであります。