ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、発売中。

「ポルノ規制派フェミニスト─対─表現の自由派」の二分法を越えて─2022年日本女性学会大会シンポジウム「ジェンダー化さ れた表象とフェミニズム」の感想(高橋 幸)

2022年日本女性学会大会シンポジウム「ジェンダー化された表象とフェミニズム
(パネリスト:吉良智子、田中東子、前之園和喜, コーディネータ:古久保さくら、荒木菜穂)に対する高橋幸の感想を掲載します。

『学会ニュース』(日本女性学会, The Women’s Studies Association of Japan, 第156 号, 2022 年9 月)p.2-3に掲載された文章です。

 

「ポルノ規制派フェミニスト─対─表現の自由派」の二分法を越えて─「ジェンダー化さ
れた表象とフェミニズム」シンポジウムの感想(高橋 幸)

 日本の第四波フェミニズム運動において「萌え絵広告」批判は、現在重要な闘争の場になっている。この闘争は「ポルノ規制派フェミニスト─対─表現の自由派」という、
既視感のある二分法で理解されがちであるが、この二分法そのものがアンチフェミニストに利するものであることを踏まえれば、それを乗り越えるための腰を据えた議論が必要であることは論をまたない。本シンポジウムは、まさにそのような議論の場を切り拓くものであり、萌え絵広告の性差別性を明らかにするだけでなく、それが含み持つ新たな問題をも示すものであったという点で、すばらしい会であった。
 吉良智子さんの報告は、ジェンダー美術史の方法論的立場から、萌え絵広告の性差別性を明らかにするものである。表象とは現実の反映というよりも表現者の欲望を含んだ視線(ゲイズ)の反映である。したがって、萌え絵が広告として流通することは「女性」にそのような(性的欲望からなる)まなざしを向けることを正当化するものであり、この点で問題があるという議論を明瞭に示された。
 前之園和喜さんは、さらに具体的な「美少女キャラ表象」(一般的に「萌え絵」とよばれるもの)の分析に踏み込み、「問題のない美少女キャラ表象」もあることを指摘した上で、問題のある/ないを判断するための基準を提言された。「春画」の存在によって「浮世絵」というジャンル全体が「悪い」と言うことができないように、「性的な=エロを含むイラスト」表現が可能であるからといって「美少女キャラ表象」全体を「悪い」と言うことはできない。新しいジャンルやメディアに対する偏見まじりのフォビアに陥ることなく、なるべく客観的に判断していく必要があるという指摘は重要なもので
ある。前之園さんが提示したS-C-N(Sexual, Character,Necessity)の3 軸からなる基準は、「美少女キャラ」という新しい表現文化に対応できるだけでなく、「女性」
を用いた広告全般にも適用できる点で優れたものであると思う。
 田中東子さんは、「萌え絵はすべてポルノ」であり「萌え絵を愛好しているのは男オタクだ」という思い込みが「ポルノ規制派フェミニスト─対─表現の自由派」とい
う二分法を根底で支えていると道破し、女性たちによる萌え絵の制作および享受という実践を不可視化する点で問題があることを指摘した。女性による萌え絵愛好の事実や、女性による「男性の性的モノ化」とでも言えるような萌え絵の生産消費者(prosumer)的実践について、田中さんが具体例を挙げながら強調したことも現代の重要な論点を明示するものとして印象的だった。このような現状を踏まえれば、「萌え絵は女性差別」という単純化された「フェミニスト」的主張は、現実から乖離した教条主義であり、性別によって扱いを変えるダブルスタンダードに陥っていると言わざるをえない。
 もちろん、男性による女性表象のポルノ的消費が「空気」のように蔓延している現在のジェンダー非対称な社会状況を踏まえれば、「問題のある萌え絵広告」に声を上げていくことは重要である。だが、萌え絵の全てがポルノではないし、女性の萌え絵愛好者も多い。新たなメディアに対するフォビアに陥ることなく、女性アクターの萌え絵実践も視野に入れながら、「問題のある萌え絵広告」に対して的確に声を上げ、制度レベルの変化を要求していくことが重要だという見通しを持つことができた。

 フロアからの質疑も含め後半の議論でも多様な論点が出た。それらをすべてまとめることはできないが、運動方針の形で整理するならば、⑴引き続き女性差別的な広告に対して声を上げていくことが重要であり、⑵性差別的な広告の再発防止のためには、それが制作・放映されるに至ったプロセスの開示も求めていく必要がある。また、⑶ LGBTQ 差別や障害者差別、人種差別等の禁止とも連携した包括的な「公的広報の手引」(内閣府および各地方自治体)の改訂を、新たなメディア表現技法の登場とメディア環境の現状を踏まえて、行っていくことが喫緊の課題である。

 

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 久しぶりに読みなおしました。初めて「道破」(はっきりと言いきること)という言葉を使いました。「喝破(かっぱ)」(真理を明らかにすること。また、非を大声でしかること)ではないんだよなーと思い、そうかあの田中東子さんの態度は道破であるよどうは!と書きながら思っていた時の気持ちを、いま上記文章を読み返しながら思い出しました。

 上の世代の方が、さらに上の世代の、あまりよくないフェミニズム的態度(新しいものフォビアに陥っているのではと思われるような思想的硬直性)に対して、毅然とした態度を取って自分の立場を主張して下さると、下の世代の私たちは本当にやりやすいのですよ......!ありがたい!と、このシンポジウムの時に思っていました。