ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、発売中。

【#シンこれフェミ 3-1】ASAに見る、広告における性別ステレオタイプ表象の自主規制

1.

社会における表現の問題に関しては、「規制すべきか否か」をバトっていても、あまり意味はありません。「表現の自由」と「人権保障」の対立が起こったときに本当に議論すべきことは、表現のインフラを具体的にどう設計していくのか(既存の制度のどこをどう微調整・修正していくのか)です。広告表現はすでにかなり多くの規制から成り立っているので。

言い換えると、道徳論争はやっても決着がつかないことはある程度目に見えてるし、消耗率激しいので、お互いそれぞれの道徳感情や正義観があることを踏まえた上で、双方の意見を両立させるために、どういう実装化ができるのかを考えるのが重要ということです。これは別に冷笑主義とかエリーティズムとかではなく、社会科学というのはこういう営みのことを言うのだと私は理解しています。*1

でも、これはちょっと専門的っぽい話になるので(私はここらへんの専門家ではないのだが)、今度の#シンこれフェミに来てくださる方々がどれくらいこのような社会制度設計の議論に食いついてくれるかはちょっと読めません。メインディッシュにはならないかも。というわけで、ここに書いておきます。

 

日本のJARO日本広告審査機構)とイギリスのASA(The Advertising Standards Authority)の仕組みについて

2.

いま、異議申し立てされている広告表現、すなわち「女性の性的客体化」であると否定的に告発されている広告表現は、どうしたら今後、効果的に抑制していくことができるでしょうか。(アンチフェミさんたちは、ここで「えー、抑制が議論の前提?」と思っていらっしゃるかもしれませんが、別に萌え絵ポスターをなくせと言っているのではなく、「問題のない萌え絵ポスター」を広げていくにはどうすればいいかという議論です。)

私は、広告における性差別表現の規制はによるべきではなく、業界団体や各社の倫理綱領や自主規制で対処するのが最適であると考えています。 

ytakahashi0505.hatenablog.com

 現在のように、異議申し立てや問題意識が高まり、感情感染のような形で広がっている状況であるにもかかわらず、業界団体の自主規制がうまく働かないときは危険です。問題提起をしている有権者層に政治家がすり寄ろうとしたときに、法規制という動きは簡単に出てきます。例えば、1990年から93年の「有害コミック」規制の潮流がそれに相当するでしょう(『マンガはなぜ規制されるのか:「有害」をめぐる半世紀の攻防』長岡義幸、平凡社新書、2010)

MeToo後の現在、「女性の性的客体化広告に対する異議申し立て」の動きが高まっています。このことを踏まえると、各アクターは自主規制として動き始めるべきです。

 

さて、では広告の自主規制って何?という話に入りましょう。これまでの広告の自主規制の仕方は、誰が規制するのかに基づいて大きく5つに整理できます。(こちらの論考を参照しました:「広告の自主規制とコンプライアンス」(愛知学泉大学コミュニティ政策学部 教授 梁瀬 和男 https://www.jaro.or.jp/jaro30/pdf/1-4.pdf )

広告業界共通の「広告倫理綱領」 
②広告主 広告を出す各社がもつ広告倫理綱領
③広告会社 電通などの広告会社がもつ広告倫理綱領 1971年にクリエイティブコードが成立
④広告媒体社 広告を掲載・放送する会社の広告倫理綱領 
⑤広告審査機関  広告に関する消費者、事業者からの相談(苦情、問い合わせ)を受け付け、審査、処理する関連機関。

どの倫理綱領でも、だいたい「広告関連事業としての社会的信用や品位を損なわない行動をすること」「虚偽、誇大、不当表示があってはならないこと」「法令を守り、公序良俗に反しないこと」「教育的配慮をすること」というような社会的責任の遂行が掲げられております。

ここでは、とくに、⑤広告審査機関の日本広告審査機構JARO Japan Advertising Review Organization)について見てみましょう。JAROは、1974年に、「広告会社、媒体社、その他広告関連会社の250社が参加して設立された民間の広告自主規制機関です。2020年5月現在、894社(広告主384社 新聞80社 放送181社 出版44社 インターネット(媒体)19社 広告会社161社 広告関連25社)からなっています*2

業務内容としては、年間千件以上(2019年度は12,489件)の苦情等を受け付け(苦情9,324件、照会2,074件、称賛12件←称賛っていうのがちょっと笑える、誰かに伝えたかったのかな、それともいつもは苦情言っているけど今日は褒めますよみたいな人なのかな、もしくは相談内容をよくと聞いてみたら結局褒めているとしか言えないのではみたいなものなのか…)、それらを踏まえつつ、広告の審査をします。問題がある広告に対しては「提言」や「要請」や「警告」を出します(JARO審査基準改定について | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構)。掲載を禁止させたり罰則を課したりなどの法的強制力はありません。

しかし、思い出してください。894社がJAROの会員社であり、基本的にはJAROの判断を踏まえて行動します。新聞社や放送局などの広告媒体社は、JAROによって問題ありとされた広告を掲載しないという行動をとります(各社内部の規定があるものと思われますが、その具体的な資料までは調べがまだついていません)。したがって、そのような広告は実質的に流通できなくなります(その場合の損害も大きいので、JAROへの「事前問い合わせ」という制度もあり、利用が増えているとのこと)。具体的な審査のプロセスについてはこちらを参照してください→活動概要 | JAROについて | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構

2019年度の審査実績は、次の通り。業務委員会で審議した案件は34件。警告が31件、要望が2件、提言が1件(法令に抵触する恐れのある警告の比率が増加した)→定款・年次報告 | 法人概要 | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構

・広告が出るに、審査機関が強制的にチェックしてしまうと「検閲」になりますが、出たものを審査して問題があります認定をしたり勧告を出したりすることは制度上「検閲」にあたりません。

 

もう少し詳しく見ましょうか。 2019年度の審査状況(HTML版) | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構によると、相談件数の男女比はどの年代でも男性の方が多く、相談内容は、

多かったのは「デジタルコンテンツ等」「健康食品」「自動車」「化粧品」「外食」で、特に「デジタルコンテンツ等」と「健康食品」の増加(187件、250件)が目立った。
「デジタルコンテンツ等」は855件中268件がスマートフォン用ゲームアプリである。「広告とゲーム内容が異なる」というものが多く寄せられたほか、「卑わいな広告表現が不快」という苦情も多かった。

苦情の業種別件数の表。1位デジタルコンテンツ等855件、2位健康食品770件、3位自動車344件、4位化粧品324件、5位外食302件。

となっております。したがって、広告表現に関するフェミニストの苦情がJAROに殺到している感じではなさそう。最後の「卑わいな広告表現が不快」には、もしかしたら萌え絵広告も含んでいる可能性はありますが、報告書には、詳しくは「特定の広告主のオンラインゲームについて、広告・表示がわいせつな表現で不快である」と書かれています*3

というわけで、JAROフェミニストが殺到して萌え絵ポスターの苦情を言い立てているという状況ではなさそう。少なくとも報告書から読み取れる限りでは。

 

3.

次に、日本のJAROのモデルとなったイギリスのASA(英国広告基準協議会、1962年設立)について、見ていきましょう。ASAの組織概要をざっくりまとめます(参照したのは、こちらの論考です:「イギリスの広告自主規制」英国広告基準協議会(ASA)専務理事 クリストファー・グラハム  https://www.jaro.or.jp/jaro30/pdf/1-8.pdf )
 ・ASAの目的:「広告表現が合法的であり、品位があり、正直で真実であること。」「広告のクリーン化」、「国民の品位を貶めるような広告をなくすこと」(なんかすごい表現ですね。広告倫理を打ち立てるところなので、こういうことを掲げるわけですね。ちなみに、マジョリティの道徳を法にすることは絶対にしてはいけません。これはリーガル・モラリズムといって批判されています。なぜダメかというと法は人権を平等に守ることを目的としているにもかかわらず、マジョリティの道徳を法にしてしまうとマイノリティの人権が抑圧されることがあるからです。)
 ・事前検閲ではなく、広告が出た後の市民からの苦情受付を通して審査、警告を出し、数回警告を蓄積した「常習犯」に対してのみ事前検閲。
 ・財源は、新聞・雑誌広告に対する賦課金(新聞・雑誌広告の費用の0.1%、郵便関連素材DMとかは2%)
 ・ASAが毎年14,000件以上の苦情を取り扱い、毎週4,000件前後の広告を自主的にチェック。

 

今回ASAに注目する理由は、2018年末にイギリスの広告基準協議会(ASA)が、「「深刻もしくは広範な被害」につながる可能性のある「性別にもとづく有害なステレオタイプ(世間的固定概念)」を使った広告を禁止した」からです(「有害な」男女のステレオタイプ描く広告、イギリスで禁止 - BBCニュース)。制度的に言うと、ASAのコード(CAP)が改訂されました。

経緯としては、まず、2017年に放送されていた粉ミルク「アプタミル」のテレビCMが炎上し、ASAへの批判が殺到しましたが、当時のコードではこれに警告を出すことができなかった(本当はASAのサイトから翻訳してご紹介したいのですが、体力と時間がないので、上記の記事から引用して、以下ご紹介します)

2017年に放送されていた粉ミルク「アプタミル」のテレビCMでは、男の赤ちゃんがエンジニアや登山者に、女の赤ちゃんがバレリーナになる様子が描かれていた。

このCMに対してASAが調査を行っており、それに基づいて次のようにまとめている(もうちょっと詳しいレポート読みたいですね)

ASAは、子どもを持つ参加者の中には「この広告は性別で子どもの将来の職業を特定しており、性別に基づく考え方が出ていると強く感じた人がいた」と説明している。

「この参加者たちは、なぜ広告内にこうしたステレオタイプが必要なのか疑問に思っていた。また、性別に対する多様性が欠けており、現実社会を反映していないと感じていた」

 

そこで、コードの改定を行い、2018年末に発表。

「広告業者に6カ月の準備期間を与え」、2019年6月から運用されています。

これで、以降、広告において、性別ステレオタイプに基づく人物表象を行うことはできなくなりました。

ASAのガイ・パーカー会長は、「調査の結果、広告内の有害な性別ステレオタイプが社会の不平等を助長し、皆がその影響を受けることが分かった。簡潔に言えば、広告の表現の一部が、長い年月をかけて人々の可能性を狭めてしまう可能性がある」と話した。

(表象と現実の関係については、これくらいゆるっとした物言いで通ってしまうんですね、会長…。)

新規制は全ての性別にもとづくステレオタイプ表現を禁止しているわけではない。ASAは、予防すべき「一部の具体的な害」を特定することが目的だと説明している。

たとえば、女性が買い物をする様子や男性が日曜大工をする姿を描いても問題はない。また、性別ステレオタイプがもたらす負の影響を示すために、ステレオタイプを表現することも許容されている。

 

新規制で「有害」と認定される可能性のある描写には以下のようなものがある。

・男性が赤ちゃんのおむつ替えに失敗したり、女性が駐車に失敗するなど、性別が原因で特定のタスクに失敗する描写
・出産したばかりの母親に、心の健康よりも、外見をきれいに整えたり家事をきちんとする方が大事だと示唆する描写
・従来のステレオタイプで女性の役割とされてきた活動に従事している男性を軽んじる描写

 

*この件に関するASAのフルレポートはこちら(Depictions, Perceptions and Harm - ASA | CAP)から読めます。

以上、イギリスの広告における性表現自主規制のあり方についてでした。

2013年くらいに、広告における「痩せすぎモデル」の使用を禁止するコードを規定しており、それ以来のジェンダー関連表現規制ですね。(痩せすぎモデルの件は、また別の文脈があって、色々面白く、深刻な話があるのですが、それはまたそのうち。)

 

4.イギリスの話を見たうえで、日本の現状について考える

 フェミニストたちは問題の広告に抗議する活動として、いまのところ問題の企業・団体(広告主)への電凸を用いていますが、これは場当たり的です。これを機に、広告倫理コードにおける性表現に関する項目の表記の充実化をしていただけるように動けると、よさそうです。

とくに、萌え絵広告表現という問題は、ジャパニメーションを国策としている日本として、一度まじめに考える必要のある問題だと、思われます。世界において「ペドフィリアの文化ではないか疑惑」を受けがちなオタクカルチャーを売り出して市場拡大させていこうとするときに、オタクや萌えは「女性差別表現ではなく、ポルノでもなく、ペドフィリアでもない」ということをユニバーサルに伝えることができるような表現コードの開発は、重要問題です。経産省が音頭を取り、内閣府男女共同参画局と共同して、審議会や委員会を設け、法律の専門家やジェンダー学者、表象関連の学者、コンテンツ制作会社の広報担当、広告代理店、マンガ家などを集めて、やっていただけるといいのではないかと思ったりしました。

*1:もちろん、お互いの道徳観や正義感をぶつけ合って議論することも意義がなくはないのですが、それを成立させるには、高度ないくつもの条件がそろわないと、なかなかできません。①お互いへのベーシックな信頼感、②相手が自らの意見や信念を持つことの尊重、③人格的批判や攻撃行動をしないこと、④仮に人格的批判や攻撃行動が起こった場合には聴衆が止めたり諫めたりするという雰囲気作りができていること、⑤自分の意見を表明することによる第三者からの身体的・精神的危害を被る恐れや恐怖感がないこと…などなど(これは、ハーバマス的な公共圏ってすんごい高度な要件の下でのみ成り立つものであるということの実例。だから色々難しいんだけど、それでもなお公共圏を立ち上げるという理念は重要なものだと思う、私たちが私たちが民主主義を続けようと思う限り)

*2:法人概要 | JAROについて | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構

*3:たしかに、インターネットページを見ているときにバナーで出てくるやつって時々エロいののときがあり、時間帯や場所にもよりますが、ひじょうに不快な時ってありますよね。