ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、発売中。

#シンこれフェミ にご参加のみなさまへ(ご挨拶&ウェルカムメッセージ)

1.自己紹介
#シンこれフェミ にご関心を持っていただきありがとうございます。
私、高橋幸は、フェミニズムを研究している人間です。
アカデミックの世界に15年くらい住んでいる関係で、
日本の学的なフェミニズムで、「だいたい」どんなような議論がなされてきたのかを知っているところが、私の強みであり、今回呼んでいただいた理由もそのあたりにあるようです。
つね日頃ツイッターをチェックしている人間ではないので、当日は「その用語は知らない」というようなことがあるかもしれませんが、その場合は、どなたか教えてください。
 
「女性」は一枚岩ではなく、 「フェミニズム」も多様なものとしてあります。
だから、私の考え方は、フェミニズムの「代表」ではないですし、これが「アカデミックに正しい」ということでもありません。ただ、私はこのような論理で考えているということは喋ることができます。
 
そもそも、社会運動や市民の抵抗運動は、首尾一貫した論理に基づいて主張をしなければならないとは考えられてきませんでした。だって、権力によって抑圧されていたり、社会的マイノリティだったりする人たちに、「現状の社会を批判するならそのオルタナティブを出せ」と要求するのは、酷なことですよね。それは実質的に声を上げるなと言っているのと等しくなってしまう。だから、いま声を上げている「フェミニスト」の全員が、理路整然とした論理に基づいて主張しているとは限りません(し、それは別に悪いことではありません。近代社会の市民とはそういうものです)。
ただ、私は、フェミニズムが結局のところ何を要求していて、どういう社会を理想として思い描いているのか」を、現状できる範囲で理路整然と明らかにしたいという欲求をなぜだか持っている人間です。それゆえ、このような討論会の場で喋るには適切な役回りだということになるのかなぁと思われます。
 
私個人としましても、フェミニズムの内部だけにとどまっていると、論理飛躍や論理展開上の穴とかに気づきにくいということがあるので、違う意見の方の疑問や質問——例えば「フェミ」が言うことのココがわからないんだよね(論理飛躍があると思うんだよね)というような点——を聞かせていただいて、今後さらに考えを深めていきたいなぁと思っている次第です*1
 
 自己紹介を続けると、
私は自分のことを文化派フェミニストだと考えています。対義語は社会派フェミニストです*2
社会派は社会的正しさや政治的運動を重視し、したがって自分の研究や発言の政治的効果を重視する傾向がありますが、文化派は道徳的・政治的正しさよりも、文化的な意味の厚みに面白さを見出すタイプです。
 
ツイッターフェミニズム活動している方は社会派が多いのかなという「印象」を持っており(強調の意味の「」です。「あくまで印象!」という意味)、青識さんをチェックしているみなさんが日頃、目にしている「フェミニスト」の議論の仕方とは異なるところがあるかと思いますが、そういう人もいるんだなーと思っていただけるとありがたいです。
  
2.さて、何を討論しようか。論点は。
討論会の式次第は、すでに主催者さんが出してくださっている通りで、末尾に載せますが、みなさんが知りたいのは、おそらく、青識さんと高橋と(あと、坂爪氏にも絡んでもらおうと思ってますが)でどのような議論が期待できるのかですよね。
 
まず、私は「表現の自由」に賛成の立場です。
ですから、「フェミニズムー対ー表現の自由戦士」という対立構図はミスリーディングmisleadingです。
その意味で、堀さんのこのタイトルの記事は、超重要。(基礎文献1)
 
「性表現の規制をフェミニストは求めていない 堀あきこさんインタビュー」
 
そして、志田さんがおっしゃっているように、法規制は最後の手段であり、それ以前にやれることや、やるべきことがあるという主張に、私も賛成(基礎文献2)。
 
志田さんの記事より引用します。 例えば、こういう点に賛成です。
児童虐待家庭内暴力(DV)の問題は緊急を要する課題である。こうした行為を助長するおそれのある表現を規制するという話の前に、この問題に対しより直接的な方策をとり、必要な財源を割り当てる議論をするほうに問題意識を集中させるべきだろう。
国の政策努力が「表現規制」という比較的容易な課題のほうに流れ、現実の虐待問題解消に向けた、支援的・福祉的取組みが疎かになってはいけない。
 
 以上のような前提(高橋は「表現の自由」に賛成という前提)を踏まえた上で。
 
例えば、第2部で話題にするもののうち、いまのところ、人工知能学会「家事をする女性型アンドロイド」のイラストと、②宇崎ちゃんポスターについては、その問題性をある程度明瞭に説明できそうです。
なので、もうその話は飽きたよ、といわずに、ぜひ聞きに来てください。
これだけ話題になったものに関しては、ちゃんと考え切る(もしくは繰り返し考える)ことが重要なのではないかと思います。
 
とくに、宇崎ちゃんに関しては、青識さん(現在、猫識ニャ論さん←すんごい、かわいすぎるんだけど、なんなんだ!さっき気づいたよ。トランプが勝ったらなるんじゃなかったの?トランプが負けを認めてないから、とりあえず猫識になったの?ともかくかわいい)が力のこもった文章を書いておりますので、これを批判する形で議論をすると、お互いにヒートアップできて面白いかなぁーと思っています!(今から準備するけど、赤十字社の歴代オタ向けポスターはデータとして収集したよ。ユーモアあるポスターが多く、相当自由やなぁって感じで面白いよ)(基礎文献3)

note.com

ところで、↑ここでの議論の、小宮さんの論考の扱い方に関して、論理飛躍があるよね?

「論理飛躍がある」は別に人格批判ではなく(書き手への不信感の表明とかでもなく)、私がそう感じられるということは、私たちの理解(文脈や背景に関する理解や、小宮論考に関する理解)がズレているということなので、議論のなかで、そこらへんも明らかになればなと思います。

・ちなみに、小宮論考をめぐる江口さんのブログ記事(全11回)も読みまして、江口さんが「わからない」といっているところは、バックグラウンドが社会学ではなく倫理学だからなのではないかというのが、私の結論です。(具体的に言えば、例えば、ウェーバーからシュッツが引き継いだ「理解社会学」の考え方と新たに確立した「シェーマschema」という概念を、江口さんが知っていれば、江口さんは「小宮さんが言う「理解」という言葉が理解できない」とは言わないのではないか、など。すいません、細かい話に入りました。これは別立てで議論すべきですかね)

分かりやすく言っておくと、私は、小宮論考はほぼ問題ないと思う。小宮さんいいお仕事をされていて偉い。本にして後世に残してほしい。そして、青識派(現在猫識派)のみなさんは、小宮さんに下記の現代ビジネスの論考(基礎文献4)を書かせてしまったことで、自分たちの首を絞めたのでは?と思っていますがどうなのでしょうか。(いや、詳しい経緯は分からないし、普通に考えて、べつに猫識さんたちが煽ったがゆえに、小宮さんがいいお仕事をされたとかそういう因果関係ではないのだろうとは思いますが。まぁ、これはセンシティブな話で詳しいことを文面に残しておくと問題もあろうから、討論会の中でお喋りしましょう。)

gendai.ismedia.jp

 

キズナアイちゃんは議論しにくいんですが(なぜなら、すんごいかわいいという個人的感情が入ってしまっており、もはや、かわいい動物動画と同じだよねと言いたくなってしまうところがあって、これはいかん…フェミの立場からの論理構成は重要)、当日まで、もう少し色々調べて考えておいてみます。

 
④ 3つの地方自治体・公共交通系キャラの話は、それぞれに局所的・地域的な細かい文脈があり、その意味で議論を始めると膨大な時間を費やす必要がありそうで、二の足を踏んでいますが、これについても、当日までもう少し考えて整理できそうだったら整理しておきます。
 
  

 

<当日のタイムスケジュール予定>

16時45分 ズーム受付開始~諸注意

17時00分~17時50分(50分) 第一部

・開始の挨拶~今回の開催趣旨の説明(坂爪)

・ゲストの自己紹介(青識さん&高橋さん)+『「許せない」がやめられない』に対するご感想

◆これからの萌え絵と正義の話をしよう(青識さんの発表:20分)

1.2019年11月の『#これフェミ』が目指したもの

2.『#これフェミ』によって変わったこと、変わらなかったこと

3.フェミニストとアンチ(オタク・表現の自由戦士等)の対話、その可能性と限界

4.何が対話を阻んでいるのか(フェミニスト側の問題点、アンチフェミ側の問題点)

◆「フェミニズムはもういらない」とみんないうけれど。(高橋さんによるミニ講義:20分)

1.フェミニズムのこれまでと現状(アカデミックフェミニズムからの見え)

2.フェミニズムは何を目指しているのか?の整理

3.「フェミニズム表現の自由戦士」の現在の論争点

4.アカデミズムの世界から見た、ツイッター上で「フェミニズム」「フェミニスト」として語られているものに対する違和感+「表現物の炎上」と「それに反対(抵抗)する人々」への所見 


<5分間休憩>


18時00分~18時50分(50分) 第二部

◆ネット論客と研究者が一緒に振り返る、公の場での性表現と萌え絵をめぐる炎上事件簿(25分)

2013年 人工知能学会「家事をする女性型アンドロイド」のイラストが炎上

2014年 三重県志摩市の海女の萌えキャラ「碧志摩メグ」が炎上

2015年 岐阜県美濃加茂市観光協会とアニメ『のうりん』とのコラボが炎上

2016年 東京メトロの「駅乃みちか」を萌えキャラ化したイラストが炎上

2018年 バーチャルYouTuberキズナアイ」の炎上

2019年 『宇崎ちゃんは遊びたい!』献血ポスターの大炎上


◆「フェミニストとアンチフェミの対話の場を作る」ために必要な条件とは?(25分)

・オタクに欠けていた視点、フェミニストに欠けていた視点

フェミニスト内での価値観の違い・・・アカフェミ(学問)・ツイフェミ(SNS)・ラディフェミ(社会運動)、それぞれの立ち位置と緊張関係

・性別役割と性的魅力の「分節化」

・現代を生き抜く戦略としての「アンチフェミニズム」?

・性的モノ化「からの」自由、性的モノ化「への」自由

フェミニストとオタクの「紳士協定」は可能か

・対話を実現するために、フェミニスト側に求められることと、アンチフェミ側に求められること・・・など

18時50分~19時30分(40分) 第三部 参加者との質疑応答
 
 
 とりあえず、今日はここまで。
というわけで、どうぞよろしくお願いいたします。
 
日本語文化圏(日本社会)をこれからも共に生きていく者同士、色々議論していきましょう。こういうかんじの議論なんだったら、行ってみようかなという方のご参加も、お待ちしております。 

*1:おそらく、アンチフェミとフェミの意見の違いは、現状認識レベルのズレ、理想(規範)レベルのズレ、実践レベル(どのような行動が正しいか)のズレの3つとして大きくは整理できるのだろうと思っています。

*この3つのレベルで区別して議論するやり方は、拙著『フェミニズムはもういらないと、彼女は言うけれど』のp.13で、具体的にやっています。

*2:文化派フェミニスト/社会派フェミニストは、高橋の造語です。

研究室の仲間と飲みながら喋っていた時に、「社会学者って、社会派と文化派がいるよね」という話になり、その会話から借用しています。