ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、発売中。

【論文紹介】誰かの性的客体となることを通した女性たちの性的主体化について

Mindy J. Erchull & Miriam Liss, 2014, "The Object of One’s Desire: How Perceived Sexual Empowerment Through Objectification is Related to Sexual Outcomes", Sexuality & Culture 18:773–788

(=「誰かの性的客体となること:性的客体化を通した性的エンパワーメントの知覚は、どのように性的結果と関連しているか」)
 
【本論文の主題】
 女性が男性から性的な注目を得ることを楽しんだり、彼女のセクシュアリティを見せびらかしたり使ったりすることで感じる力(power)は、女性の性的エンパワーメントを意味するのか、それとも、ただたんに現在の性的な文化の中で彼女に期待されている(と彼女が認知したこと)に従っているということを意味するだけなのか?
if a young woman reports that she enjoys gaining sexualized male attention and finds
power through flaunting and using her sexuality, is she actually empowered, or is
she merely conforming to what she perceives to be expected of her? (p.775)
 
 
アブスト訳】
 誰かの性的客体になることが、性的エンパワーメントの感覚の獲得となるのか否かについての理論的な議論は、これまですでになされてきている。ここでは、「自分を性的存在と見なすこと(self-sexualization)」、「性化されることを楽しむこと(enjoying sexualization)」、「性を個人的な力の源泉と認知すること(perceiving sex as a source of personal power)」が、性的結果( 「性的満足」や「性的主体化」など)にどれくらい関わっているのかを検討する。 
 調査対象者は、ヘテロセクシュアルの性的に活発な16歳から27歳までの若い女性たち164人。オンライン調査。
  調査の結果、「性を個人的な力の源泉と捉えること」は、性的自己尊重(sexual esteem)や性的な自己主張(sexual assertiveness)の肯定と関わっていることがわかった。
 「自分を性的存在と見なすこと(self-sexualization)」と 「性を個人的な力の源泉と認知すること」は、オーガズムに達したフリをする頻度の高さと相関していた。

 性的満足度の高まりやオーガズムの生きやすさと相関した変数はこのうちではなかった。

 以上より、「性を個人的な力の源泉と捉えること」と「性的自己尊重」、「性的な自己主張」の3つは、いくつかの性的にポジティブな結果をもたらしているが、

性的欲望の対象となることを通したエンパワーメントの感覚が、本当の性的主体となることを阻害している指標は、他にもあるものと考えられる。

 

【本文の中の興味深いところの大まかな訳】

 若い女性たちは、よく自分は性的にエンパワーされていると報告するが、学者たちはそれを本当に文字通り受け取っていいのかどうかについて議論してきた。
 
 この問題が複雑なのは、女性たちは、性的態度(sexualized behaviors)は、報われるだろうというメッセージを出している性的文化(sexualized culture)に囲まれて生きているという点にある。彼女たちは、この文化環境の中で、セクシュアリティを表現したり、呈示(display)したりすることを通して、エンパワードされていると感じていると予想される。

 本論文では、女性たちの主観的なエンパワーメントされていると報告する度合いと、性的満足(sexual satisfaction)や性的主体性(sexual agency)といった性的結果(sexual outcome)が関連しているのかどうかについて調べる。
 
 
エンパワーメントについて

 女性のエンパワーメントについては、フェミニズムがずっと議論してきたわけだが、「性的エンパワーメント」については、その言葉の定義は曖昧なまま、使われ続けてきた。

  フェミニズムの商品化(commodification)という事態も起こっていて、女性たちは特定の製品やサービスが、女性のエンパワーメントを増大させるというような、エンパワーメント概念の使い方をしている。

  広告の中で、女性たちは、商品を売る方法として性を活発に追求し享受する存在として表象されてきた(actively seeking and enjoying sex as a way to sell products)
(Gill 2008, 2009)。

 このような女性像は、「近代の女性的セクシュアリティの理想」となっていて、女性は性を享受し性的様式でふるまいさえすれば(act in a sexualized manner)、解放され、エンパワーされるよというメッセージを受け取っている。

 彼女たちはただたんにセクシーであるだけでなく、セクシュアリティを見せびらかすようにというメッセージを受け取っている。

 しかしながら、このようにして売られているエンパワーメントは、本当のフェミニストが論じてきたエンパワーメントからは遠く隔たっている。

 

 

主観的報告に関する指標

1.Self-sexualization (self-sexualizing behaviors) 自分を性的存在と見なすこと

  自分自身に対する性的な注目をどのようにデザインするか(ポールダンスをしたり、胸をちらりと見せたりflashing one’s breasts)のこと。

 彼女たちはそれをすることを楽しんでいたり、彼女たちのセクシュアリティを表現することを楽しんでいることが知られている(Curie et al. 2009; Donaghue et al. 2011; Griffin et al. 2013; Levy 2005)。

 自分を性的存在と見なす女性たちの態度は、ポルノ文化の中での性的客体化にすぎないと議論する人もいるが(Lamb 2010b)、

 女性たちの主観的報告を「無知で誤りの多い意識」に基づくものだと見なすのは、むしろ女性たちに対して失礼だという主張もなされている(Vanwesenbeeck 2009)。

 多くの女性はそのような自己性化に関わっておらず、若い女性が自己性化している(自分を性的存在と見なすこと)というのは神話だという議論(Gavey 2012)もある。

 Nowatzki and Morry (2009) は、「the Sexualizing Behaviors Scale(SBS)」を開発しているので、本調査ではこの尺度を使っている。

 

2.性的存在とみなされることの享受 The Enjoyment of Sexualization Scale (Liss et al. 2011)

 女性が男性の性的注目(sexualized male attention)を受けることをどれくらい楽しんでいるかを測定したもの。性化(sexualization)されることを楽しむことは、保守的で伝統的な信念と関連しており、ヘテロセクシャル女性の摂食障害につながっていることがわかっている。(Liss et al. 2011).

 また、性化を楽しむこと(Enjoying sexualization)は、ラディカルで社会主義的なフェミニスト信念の是認とゆるく関連しており、現在のジェンダーシステムが公正だと考える信念の是認と強く関わっていた(Erchull and Liss 2013a).。


 したがって、客体化されたセクシュアリティを持つこと(an embracing of an objectified sexuality)を通した、主観的なエンパワーメントの感覚は、女性の社会的地位を上げることを望むという意味でのエンパワーメントとは関連していないことがわかる(Gill 2012; Tolman 2012).

 

 3.Self-Sex is Power Scale (S-SIPS) (Erchull and Liss 2013b)

 男性からの性的注目を楽しむことと、性は自分の力の源泉だと考えることとは異なることだということが報告されている。

 自分自身ならびに女性一般がセクシュアリティを通して力を得ていると考えているかどうかを測定したもの。

 性を他者に対する力の源泉として使うことは、セクシスト信念と関連しており、性的客体化の促進と関連している。 

 

 

性的結果(sexual outcome)に関する指標
 これまで主に、自分のセクシュアリティをコントロールできているという感覚というのが、性的結果として使われてきた(Fahs 2011; Horne and Zimmer-Gembeck 2005, 2006; Zimmer-Gembeck et al. 2011)。具体的には、魅力の感覚や、望ましさ、性的自己効力感(sexual self-efficacy)、セックスから性的喜びを得られるという信念 など(Horne and Zimmer-Gembeck 2005, 2006; Zimmer-Gembeck et al. 2011).
 

4.Hurlbert Index of Sexual Assertiveness 性的自己主張
 セックスについて打ち明けて話し合えることや、セックス中にしてほしいことを要求できることやしてほしくないことを拒絶できること(Hurlbert 1991)。


 性的自己主張は、性的満足や性的願望の高いレベルと関連している。


5.Sexual Satisfaction
性交渉(sexual encounter)に満足していること

 

6.性的尊重 self-esteem

 性的パートナーとしての自分に自信があることや性的主体化と、性へのポジティブな見方は、一般的な自信につながっていることが確認されている(Wiederman and Allgeier 1993)。

 

7.性的落ち込み(Sexual depression)

 セックスライフにおいて不幸せだという感覚で、性的パートナーとして自分が機能していないという感覚のこと(Wiederman and Allgeier 1993)。また、性的落ち込みは、clinical depressionと関連していることが知られている(Wiederman and Allgeier 1993).。

 

8.性的快楽 性的喜び Sexual pleasure 
(Horne and Zimmer-Gembeck 2005, 2006; Tolman 2002; Zimmer- Gembeck et al. 2011)

 

9.Ease of Orgasm
 パートナーとオーガズムにたっすることができるかどうか 性的快楽に関係。 積極的で健康的な性に関連すると考えられている。

 

10.Faking Orgasm オーガズムを感じているフリをする頻度

 オーガズムに達したフリをするとき、性的快楽の焦点は、自分自身よりも性的パートナーの方にシフトしている。性的パートナーの性的スキルに確証を与えるものとしてのオーガズムパフォーマンスになっている(Fahs 2011).。 

 

その他、Permissiveness Subscale of the Sexual Attitudes Scale(寛容性)や、

 

Sexual History


Self-perceived Attractiveness


Body Mass Index (BMI)

 

などを測定している。