ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(晃洋書房、2020)、『恋愛社会学』(ナカニシヤ出版、2024)発売中。

現在「女性の性的客体化」を私たちはどう論じていくべきなのか

 「全ての女性が、性的客体化によって傷ついている」という言い方には、ちょっと無理がある。「性的客体化」という概念そのものをぶち上げて流通させるところから始めなければならなかった1970年代には、そういう言い方も戦略としてありだったが、現代ではもはやそういう言い方はむしろ、「性的客体化」という概念の有効性を損なうものになっている。
 同じことをされても別に傷つかない女性と、強烈な違和感を感じて傷ついてしまう女性がいることを踏まえたうえで、どのような条件で女性の性的客体化が女性を傷つけるのかということを明らかにしていくことが必要なんじゃないだろうか。
 ちなみに、対面的コミュニケーションにおける女性が性的客体化を引き起こす行為として、次のようなものがある。
 ・性的客体化のまなざし(gaze)をうけること
 ・外見に基づいた誉め言葉( appearance-based compliments )
 ・セクハラ   など。
 
 さて、この問題を考えるのに適したものとして、”Sexual objectification pushes women away: The role of decreased likability”(=性的客体化は女性を向こう側へ押しやる:好意感情の低下の役割について」 という論文がありましてね。
 女性が対面コミュニケーションで性的客体化を受けたとき、女性の相手の男性に対する好意感情が下がり、その人との関係に参入したくないと思うようになる(affiliation intentionの低下)ということが、心理学的な実験を通して実証されています。
 
 基本的には、次のような実験がされている。被検者に次のように伝えます。
「ロマンティックなパートナーではない男性を思い浮かべてください。はい、さて、その男性があなたに、「You know, your body shape looks very nice. It’s neither
too big nor too small. I would say that I admire it a lot.」と言ったと想像してください。」
で、被検者の相手男性に対する好意感情とか、関係参入意志とかを測定するわけです。
 
 ちなみに、コントロール群(性的客体化されない群)には、「ロマンティックなパートナーではない男性を思い浮かべてください。あなたと彼は、あなたが関心を持っているいくつかの主題について意見を交わしたと想像してください。」という条件を与え、同様に、相手の男性に対する好意感情等を測定します。これが実験1。結果、客体化された群の好意感情等が下がるというわけです。
 
 興味深いのは、実験3で、この相手の男性と被検者である女性の力関係を変えると、相手への好意感情や相手との関係に参入したいと思うかどうかが異なることが分かりました。
 女性の方がスーパバイザ―(管理者、上司)の場合(論文内では「high条件」と呼ばれている)、女性は性的客体化されるようなことを言われても、相手に対する好意感情等が下がらないが、女性の方が社会的権力が低い場合(「low条件」)や対等である場合(「equal条件」)、男性から性的に客体化されると、被検者女性の、相手の男性に対する好意感情や相手との関係参入しようという意志が低くなる。
 
 

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(Teng, F, et al., 2013:85)
 
 社会的地位が低く、権力のない女性たちの方が性的客体化を受けやすいということは他の研究から明らかになっていることですが、社会的地位が低い女性たちの方が、性的客体化されたときに傷つきやすいということが、この研究から分かります。
 
 女性の中には「私は外見を褒められるのが好き、それがたとえ仕事上の上司や同僚からであっても、OK、別に気にせず、肯定的に受け止められるよ」という人もいるかもしれません。しかし、統計上はじき出される一般傾向としては、上司や年上などの社会的権力が上の男性から、外見について言及されることで、相手の男性に対する好意感情が下がり、相手との関係に参入したくないという気持ちをもたらしているということが言えます。
 女性の外見について、けなすのはもちろんアウトですが、誉め言葉であっても、それは女性にとって性的客体化だ(自分が女だと思い知らされる嫌な経験、疎外感をもたらすもの)と感じ取られている可能性があるということが見えてきます。
 
FEI TENG, ZHANSHENG CHEN, KAI-TAK POON & DENGHAO ZHANG, 2015,
"Sexual objectification pushes women away: The role of decreased likability", European Journal of Social Psychology, Eur. J. Soc. Psychol, 45: 77–87.
 (私は最近、ebscoの使い方を覚えまして、それで大学図書館を経由して英語ジャーナルを読めるようになり、快適になりました)