—20世紀末から21世紀初頭の日米におけるジェンダー革命および性革命の質的変容—
目次
序章
第一部 ポストフェミニズム
第1章 ポストフェミニズム論とは何か——先行研究の整理
第2章 #WomenAgainstFeminismに見るポストフェミニストの主張
第4章 性別分業をめぐる変化
第三部 第二波フェミニズム(2)性革命
第5章 ラディカルフェミニズムと性行動
第6章 性行動をめぐる変化
第四部 ポストフェミニズムの「女らしさ」を分析するための新しい理論枠組みの提示
第7章 社会構築主義アプローチの批判的検討——新しい方法論の提示——
第8章 ジェンダー論の新しい理論枠組み
終章
EXECUTIVE SUMMARY
1 論文の主題と、主題に関する既存の学術的背景、論文の目的
これまでのポストフェミニズムに関する研究はおもに、メディア論を中心になされてきた。ポストフェミニズムに関する社会学的な研究の不足やメディア論的研究の先行のなかで、社会学ではいまだ、ポストフェミニズムとは「気まぐれに移り変わる女性文化」における一時的な「流行」にすぎないという認識が広がっている。
だが、ポストフェミニズム期のジェンダーおよびセクシュアリティに関わる社会学的データを分析すると、ポストフェミニズムの「流行」の根底で、ジェンダー革命及び性革命の動向変化がマクロレベルで起こっていたことが分かる。本論文では、日米のポストフェミニズム期に性別役割分業意識の上昇や、性行動の消極化が見られることを実証する(論点1)。
その上で、この時期に見られるようになった「個人主義的な家族主義」や「性行動の消極化と多様化(リベラルな消極化)」という動向は、保守的な主張と第二波フェミニズム的な主張を独特な形で組み合わせることで成り立っているものであり、そのために「保守的/解放的」の二元論を主要な分析軸とする第二波フェミニズムの理論枠組みではうまく把捉できないことを論証する(論点2)。
本論文の最終的な目的は、1980年代のアメリカで確立した第二波フェミニズムの理論枠組みが、どこでどう行き詰まっているのかを具体的に明らかにし、個人化する社会で進むポストフェミニズム状況を適切に分析するための理論枠組みを提示することである(論点3)。
2 分析方法と分析対象
本論文では、社会学の三つの方法を組み合わせて研究を進めていく。
ポストフェミニズムは現代の新しい社会現象であるため、データが限られている。限られたデータを読み解いて社会学的に整合的な一つの、現代社会についての説明を提示するためには、複数の方法論を組み合わせる必要がある。
第一部では、質的分析法を用いる。先行研究に基づいて「典型的なポストフェミスト的言説パターン」と言える一定の言説群を分析対象とし、それらをコード化して分析することで、ポストフェミニスト的言説パターンの具体的特徴を明らかにした。
第二、三部の第4、6章では量的統計データの批判的検討という方法を用いる。ジェンダーやセクシュアリティに関わる行動・態度・意識についての公的・準公的なデータを横断的に分析することで、ポストフェミニズム期に見られる特徴的な動向の変化を明らかにした。
第二、三部の第3、5章および第四部の第7章では理論研究という方法を用いる。とくに、ジェンダー・セクシュアリティ論における古典的文献を批判的に精読することで、現代社会分析に有効な分析視点を提示する。第二波フェミニズム理論の古典を精読して議論を再構成した後、社会構築主義的アプローチの批判的検討を行っているJ.バトラーをめぐる議論を批判的に検討することで、「身体(セックス)/ジェンダー」の二元論ではなく、性別および性別らしさの「可塑性/非可塑性」を主要な分析軸とする新たな方法論を提起した。この方法論の確立によって、ポストフェミニズムの社会現象を説明する理論枠組み(モデル)が導出された。
3 論文の論理的構成——各部で何を論証しそれによってどのような結論が得られたのか
論点1 ジェンダー革命及び性革命の動向の変化を論証し、ポストフェミニズム期を特定
これまでの先行研究および筆者の一次資料調査から、ポストフェミニスト的と呼ばれる言説群の特徴として、女らしさ肯定的態度が確認できる(第一部)。
実際、ポストフェミニスト的言説が登場した時期には、性別役割分業を支持する意識がマクロレベルで上昇している。アメリカでは1990年代中盤からの10年間に、性別分業意識の低下の停滞が起こっている。このことをGSS(general social survey)やNES(national election survey)、WVS(world value survey)データから論証した。日本でも2000年代後半からの10年間に、性別分業意識の低下の停滞が起こっている。このことをJGSS(日本版総合的社会調査)やNFRJ(全国家族調査)、出生動向基本調査、家庭動向調査データから論証した(第二部)。
同時期には性行動の動向の変化も見られる。アメリカで性行動が消極化していることが、センサスやGSS、ピュー・リサーチセンターのデータから分かる。同様に、日本でも2000年代後半から性行動が消極化していることが、青少年の性行動調査やJGSSのデータから確認できる(第三部)。
ここから、ポストフェミニズム言説が広がった時期に性別役割意識および性行動に関する動向の変化が見られるということが明らかになる。「ポストフェミニズム期」の変化を同定するためには、性別役割意識および性行動の指標が有効であるという知見が得られる。
論点2 ジェンダー革命および性革命の変化の具体的内容を解明し、第二波フェミニズムの理論的限界を論証
第二波フェミニズムおよびジェンダー論の理論的基盤は、保守派との抗争の中で確立されてきた。そのため、「保守的/解放的」の二元論を理論的前提としている。このことは、ジェンダー論の認識論上の「セックス/ジェンダー」や、方法論上の「本質主義/社会構築主義」という二元論に見て取れる(第四部)。
しかし、ポストフェミニズム期には、この二元論では捉えられない社会現象が起こっている。個人主義的な意識が高まりと同時に性別役割分業肯定的意識が高まったことは、ジェンダー革命の質的変化を示すものである(第二部)。
また、ダブルスタンダードな性規範の緩和や多様なセクシュアリティに対する寛容性の増加といったリベラル化と同時に、性行動の消極化が進んだことは、性革命の質的変化を示すものである(第三部)。
ここから導出される知見は、ポストフェミニズム期に見られるようになったこれらの動向は、保守主義的な主張の一部とフェミニズム的な主張の弁証法的な総合であり、それゆえ「保守的/解放的」の二分法を前提とする第二波フェミニズムの理論枠組みでは、的確に把捉することができないということである。
論点3 ポストフェミニズムの女らしさを捉えるための理論枠組みの提示
1980年代のフェミニズム理論によって確立された第二波フェミニズムの理論枠組みは「保守/解放」という二元論をその認識論レベル(「セックス/ジェンダー」)および方法論レベル(「実体‐対‐社会構築主義」)で組み込んでおり、それがポストフェミニズム期の変化を捉えられない理論的限界となっている。
そこで、J.バトラーの解釈をめぐるトランスジェンダー研究の知見の検討を通して、可塑性/非可塑性を主要な分析軸とする、(1980年代の社会構築主義アプローチをより一歩洗練させた)新たな社会構築主義的アプローチを導出した(第7章)。
この方法論的立場から性別らしさを可塑性の視点から分析した。その結果、ポストフェミニズム期の性別らしさは、社会/個人間/個人の3つの水準の再帰的構造の中で構成されているという理論枠組み(知見)が導出された(第8章)。
4 結論——全体として本論文は何を達成したのか、残された課題は何か
メディア論的な表象・言説分析による知見を踏まえて、ポストフェミニズムについてのデータを社会学的に分析することで、第二波フェミニズムの理論的限界を明らかにしてきた。さらに、その限界を乗り越えるため、構築物の「可塑性」に着目する新たな分析方法を導出し、ポストフェミニズムの社会現象を把捉するための新たな社会学的理論枠組みを提起した。
本論文の意義は、第一に、ポストフェミニズム期を特定するための指標として、性別役割意識および性行動の動向が有効であるということを、日米のデータを用いて実証したことにある(論点1)。
さらに、他の国や地域のデータの検討を積み重ねていくことは今後の課題となる。この方向の研究蓄積は、ジェンダー革命及び性革命の進展に関する実証的な国際比較研究に資するものと考えられる.
本論文の意義は、第二に、「保守的/解放的」の二分法を前提とする第二波フェミニズムの理論的限界を明らかにし、それに代わる新たな方法論および理論枠組みを提起したことにある(論点2,3)。ポストフェミニズム期におけるジェンダー革命と性革命の質的変化は、個人/個人間/社会レベルでの再帰性の高まりのなかで起こっているという新たな理論枠組みが導出された。
個人化する社会におけるジェンダー・セクシュアリティ秩序の解明という本論文の達成は、保守政党によるフェミニズム政策が進む2010年代中盤以降の日本のジェンダー・セクシュアリティ・ポリティクスの解明という課題に対する、議論の基盤を提供するものと考えられる。ポストフェミニズム後の展開である、第四波フェミニズムと政府によるフェミニズム政策の関係性等についての検討は、今後の課題である。