ポストフェミニズムに関するブログ

ポストフェミニズムに関する基礎文献を紹介するブログ。時々(とくに大学の授業期間中は)ポスフェミに関する話題を書き綴ったり、高橋幸の研究ノート=備忘録になったりもします。『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど :ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』(4刷, 晃洋書房, 2020)、『離れていても家族』(亜紀書房, 2023)、『社会学の基礎』(有斐閣, 2024)、『恋愛社会学』(4刷, ナカニシヤ出版, 2024)発売中。

情動論的転回とは何か(1)––クラフ&ハリー, 『アフェクティブターン:社会的なものを理論化する』(2007)の序文の意訳

(2024年の夏頃に書いて、書きかけてで放置していたもの。『恋愛社会学1』を出すために勉強していた時のメモです。クラフとハリーがだいたい何を言いたいかはわかった、オッケーと思って、翻訳を途中でやめていました。書き上げて、2025年10月末の本日、アップしておきます。)

情動論的転回は、90年代中盤くらいから起こっており、メディア研究界隈およびドゥルージアン界隈では95年のマッスミの論文、フェミニスト・クイアセオリー界隈では95年のセジウィックの論文が頻繁に分析・引用されています。

そのような論文集の一つであるパトリシア・クラフとジェーン・ハリー編の論文集をざっくり意訳していきます。

Clough, Patricia, Ticineto, & Halley, Jean, ed., 2007, The Affective Turn: Theorizing the Social, Duke University Press.

※私個人的には、情動論的転回は、デジタル・ヒューマニティーズ、デジタルネイチャー、エコ・クリティシズムなどを考えるのにいいアプローチな気がしており、恋愛社会学をやっていく上でも情動論的転回を避けて通るわけにはいかないだろうと思っているので、最近、いろいろ勉強しています。

 

パトリシア・クラフ(Patricia Ticineto Clough)は社会学・女性学・カルチュラルスタディーズ領域の研究者(professor of sociology and women&;s studies at the Graduate Center and Queens College, City University of New York)。

講演動画はこちらから https://www.youtube.com/watch?v=vyqEPql0Fs8

著書としては、

Autoaffection: Unconscious Thought in the Age of Teletechnology (Minnesota, 2000),

Feminist Thought: Desire, Power, and Academic Discourse,

The End(s) of Ethnography: From Realism to Social Criticism.

などがあります。エスノグラフィーの終わり』が、気になります。そう簡単に終わらないとは思うのだけれど、方法論的な変化はありそう。

編者仕事としては、このThe Affective Turn: Theorizing the Social に加えて、

Beyond Biopolitics: Essays on the Governance of Life and Death,

Intimacies: A New World of Relational Life. などがあります。

*クラフは、ロージ・ブライドッティが『ポストヒューマン』などでも何度か言及し、依拠しながら議論している重要人物です。リサ・ブラックマンも『インマテリアル・ボディーズ』で依拠しながら議論していましたね。

 

ytakahashi0505.hatenablog.com

 

ytakahashi0505.hatenablog.com

 

マイケル・ハートによる序文

 この論文集は、パトリシア・クラフがアイデンティファイするところの人文学と社会科学における「アフェクティブ・ターン」のエビデンスである。アカデミック領域での他のさまざまな「ターン」と同様に、アフェクトに焦点化することは、研究領域ですでに存在している生産的なトレンドの強化と拡張をもたらす。

 特に、北米のアカデミックな仕事の中に見られるアフェクティブ・ターンの予兆は、大きく2つに整理できる。一つは身体に着目するものでありフェミニストセオリーによって広範囲に進展させられてきた。もう一つは感情(emotion)を探求するものであり、クイアセオリーによって影響力ある形で遂行されてきた。

 他のターンと同様に、アフェクティブ・ターンは研究に新しい道を開き、既存の仕事に新しい光をあて、政治の新しい可能性をもたらすだろう。

 

 情動(アフェクト)は、理性と情熱の両方に同時に関わるものであり、その複雑な因果性についての思想をもたらすものである。言いかえれば、情動は、私たちが世界に働きかける力powerと、世界に働きかけられる力を、その二つの力の関係として描き出すものである。

 スピノザはアクトする力とアフェクトされる力について論じていた。これはマインドとボディにも同様に適用できる。アフェクトされる力が強いほど、アクトする力も大きくなる。それぞれの力は独立のものではなく、この二つの力の関連性としてスピノザはマインドとボディについて考えていた。(今は、とりあえずスピノザの話の翻訳は省略

 社会科学の分野で言えば、「アフェクティブ労働」があり、2つの源流が見出せる。一つは、フェミニストによる感情労働やケア、母親業(maternal work)や親族業(kin work)におけるアンペイドワークの議論である。もう一つは、近年のフランスやイタリアの思想家によってなされている知識資本主義論の中でのアフェクティブ労働についての議論である。この議論は新たな労働形態における搾取の現状を明らかにする上でも重要である。

 この本の革新的な論文集は、アフェクトのパースペクティブの可能性を、幅広い分野かつさまざまな方法論的アプローチで、示している。いくつかの論文は、アフェクトの機能を調査するためにフィールドワークを用いている––組織化されたセックスワーカー、医療従事者、モデル産業などである。他の研究者は、微生物学、熱力学、情報科学、映画研究の言説を使用して、テクノロジーの観点から、身体とアフェクトを再考している。戦争と移民の文脈におけるトラウマのアフェクトの探求もある。

これらは複数の新たな道を開くと期待でき、アフェクティブターンと呼ぶに値するものである。

 

以上。

 

ytakahashi0505.hatenablog.com